バイクをおりて


 さて、去る9月17日くしくも敬老の日に29,000`走行の愛車GSX−R750(K2)は天に召
された。愛車との別れはこれで4回目、故障車買取にて現金を渡された時、多くの感情や考え
が頭をよぎった。もちろん、一番大きな感情は喪失感である。今回のバイクは約半年と今まで
のバイク歴の中で最も短い付き合いとなったが、トミンでの走行など最も濃密な時間を共有し
たバイクであり、また加えて今回の別れはエンジンブローによる突然の別れであることも大き
い。次に感じた感情は安堵感である。これは過去CBRを降りたときにも感じたものだが、バイ
クを降りると、特にサーキット走行主体のバイク乗りは大なり小なり感じると思う。サーキット走
行の危険性(小さいトミンとはいえトップスピードは120キロを軽く超えており、普通、公道だっ
たら120`を越えて転倒したらタダではすまない。バイクに巻き込まれる可能性もある。)、走
り続けることで発生する莫大なコスト、いつかは止めるときが来ると頭のどこかで考えていても
どうにも踏ん張りがつかないジレンマ、そんな世界から五体満足で脱出できたことからくる安堵
感である。なにか転機が無い限り、止める決断をすることは難しい。走っていればそれなりに
楽しいし、また過去に投入したコストや時間、習得した技術を考えると容易に降りることはでき
ない。大抵の仲間は自分ではやめられず、クラッシュでの廃車だったり、サーキッドの閉鎖だっ
たり、引越や家族からの反対などで不本意ながらやめていくものだ。今回、早くも次期マシンを
物色したが、その際に中古レースベース車を買わないかという提案をいくつか受けた。前オー
ナーについて聞くと、子供が生まれるため奥さんからもう止めるように言われ、泣く泣く手放し
たといった話が多かった。

 また、今回感じた安堵感はCBRの時より大きかった。これは自分が少し年をとり、将来につ
いても少しは考えなければならないところにたっているからだと思う。楽しいからといって老後ま
で続けれれる趣味ではない、プロであれば自分の限界点を感じたときがタイミングであるが、
アマチュアは限界点など気にもしないし、分からない。そもそも楽しいからやっているので、そ
の決断点が曖昧な上に楽しいので止められないのだ。

 ま〜うだうだ書いたが実際はCBRのときの安堵感なんて1週間で吹っ飛び、バイクの疾走感
が恋しくなった。楽しけりゃいいというのが趣味の本質であり、将来を考えながら趣味をするこ
と自体ナンセンスだとも思う。やれるとこまでやり、無理になったら止めるのだ、これでいい。今
年の2月にバイクに戻ったとき、トミンで26秒出すことをとりあえずの目標にした。でも、それを
達成したからといって何も無いだろうとは思う。達成したら後はどうなるのか、一区切りついて
気分転換&リフレッシュにトミンに行くようになるのだろうか、それとも次の目標を見つけ、他の
サーキットに行くのだろうか。ただ、趣味において目標達成はどうでもいい、結局は目標達成に
至るまでが楽しいのであって、「手段のためには目的(結果)は選ばない」事が大切だと思う。

 上に書いたことは暇だったり、瞬間的にメラリンコリックになってしまった故の戯言です。僕は
まだ、バイクに乗ることが無理になった訳ではないし、それはまだ先のお話なので、みなさん、
これからも宜しくです☆


07年10月7日 追記

と、いうわけで『衝撃のニューカマー GSX−R1000』
スタートしました♪(笑)


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